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鏡の池の
恋占いが大人気
八重垣神社
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素盞鳴尊と、国の乙女の花とうたわれた稲田姫がお祭している恋愛成就のパワースポットとだそうです。

今回、鏡の池に参りたいと思い、八重垣神社へやって参りました。

宇意六社の1つでもある出雲国造家と所縁の深い神社です。

八重垣神社

八岐大蛇を退治する際、稲田姫を安全な場所へ隠すために八重垣神社の奥の院(鏡の池がある場所)が安全だという事で、大杉を中心に八重垣を作って姫を隠されました。

そして、八岐大蛇を退治した素盞鳴尊は、妻の稲田姫とこの地で宮居され、縁結びの道を開かれたそうです。
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拝殿へ向かうと、偶然、古希を祝う祈祷を執り行われていました。
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神社からの歓迎の合図として、祈祷や神事が執り行われていたり、雨が降るなどするという現象が起こると聞いた事があるので、歓迎された合図としてありがたく御利益を頂戴したいと思います。

鏡の池

稲田姫が八岐大蛇のから非難している時、森の大杉を中心に八重垣を造た場所。
避難中、日々の飲料水や、鏡の代わりに使ったりされていたことから神秘的な池と崇められ、鏡の池(姿見の池)というそうです。
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用紙が15分以内に沈むと良縁が早く、30分以上だと縁が遅いそうです。
また、近くで沈むと身近な人、遠くで沈むと遠方の人との御縁があるんだとか。

八重垣大神様の御加護により、良縁を得られ、二人の晴れ姿をこの神秘の森の鏡に写され、末永く御繁栄されますようにと記されておりました。
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宇意六社のひとつ

出雲の国の起源とされている場所が、八重垣神社のある地域で、かつては「意宇(おう)群」と呼ばれていました。
この意宇)群とは、『国引きの神話』で八束水臣津野命(やつかみずつぬのみこと)が「出雲の国は小さすぎる」と、周辺から国を引っ張り大きくした後、「意恵(おうえ)」と喜びながら回った土地とされています。

意宇群には、6つの神社があり、八重垣神社はそのひとつで、他には、神魂神社、熊野大社、眞名井神社、揖夜神社、六所神社です。これを意宇六社と言います。そして、この六社を巡る事を「六社詣り」と言い、江戸時代以前から巡拝されていたそうで、「六社さん」とも呼ばれていています。

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和歌発祥の地

神秘的な奥の宮
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須我神社の奥の宮が凄いらしいと伺い、是非詣りたいと願っていた神社の1つでした。

奥の宮は、本当に素晴らしく、言葉には言い表せない程の神秘的な場所。それはまるで、もののけ姫に登場する”こだま”が住んでいるような神聖な森でした。
そして私は今、スサノオと同じ景色を見ているだろう事に感動し、目の前に広がる景色にも感動しております。

この場所は、日本で初めて作られた宮と言われており、和歌発祥の地ともなっているそうです。

和歌発祥の地

古事記によると、ヤマタノオロチを退治したスサノオは、妻のクシイナダ姫と新居の地を探している時、
私はここに来て心がすがすがしくなったよ」と、この素晴らしい景色を見て言い、ここに宮を造りました。
これが日本で初めて造った宮で、「日本初の宮」と言われています。

また、この「すがすがしい」という言葉から、この辺りの地名が須我となったそうです。

そしてスサノオは、新居の宮が出来上がった時、雲が立ち上がるのを見て、
八雲立(やくも)つ 出雲八重垣(いずもやえがき) 妻籠(つまご)みに 八重垣(やえがき)つくる その八重垣(やえがき)
と、詠いました。この和歌は、日本最古の和歌とされており、三十一文字和歌発祥の地とされています。

意味は、「雲が幾重にも湧く出雲の地で、妻との新居によい場所を見つけた。妻を守るために垣根を幾重にも造ろう」

なんとも妻思いのスサノオですね。暴れん坊なイメージが強かったので意外な印象を受けました。
そして、この和歌の中の「出雲」が、出雲の地名の由来ともされているそうです。

※須我神社案内参照
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参拝方法のひとつとして、本殿と奥の宮を詣る、「二宮詣で」という参拝方法があるそうです。


二宮詣で

須我神社では古来より本社と奥宮の「二宮詣で」の習わしがあます。
それは、本社で受けた祈願札を奥の宮に収め、詣る祈願方法です。(初穂料:千円)

祈願札は、本社社務所で受けることができます。
祈願札を受けましたら、祈願札に願い事を書いて、奥の宮の祈願札納箱へ納め、詣ります。

納めた祈願札は、毎月、1日と15日に、願いが叶うよう祈祷をして下さるそうです。

パワースポットともいわれている奥の宮で霊気を戴き、更に、二宮詣でをする事で、より一層の御利益が戴けそうですね。

では、奥の宮の案内へ参ります。

奥の宮

神秘的な雰囲気の奥の宮の岩座(いわくら)にたどり着くまでは、和歌発祥の地らしく、道中には和歌が置かれていました。
そして、岩座(いわくらまでは山道をひたすら登ります。

道は、ハイキングの山登り感覚で歩きやすいように、階段が整備されていました。
が、運動不足の自分を恨む程の長い道のり。

「簡単に神秘的な景色は見せられないよ」と、スサノオから修業をさせられている気持ちになりました。

途中、お清めの湧き水「神泉坂根水」があるので、こちらで身を清め、また、ひたすら登ります。

ようやく奥の宮へ辿り着くと、「頑張ってここまで登ってきて良かった。」と思える神秘的な岩座が現れました。
とても大きな岩が三体、どうやってこの岩座がこの形になったのか?どうやってこの場所に置いたのか?など、色々考えると不思議で、自然の力に圧倒されました。

下の写真が道中です。
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大きな岩がスサノオ、寄り添うようにクシイナダ姫、一番小さいけれど、わんぱくな雰囲気を感じてしまった岩は御子神(みこがみ)清之湯山主三名狭漏彦八島野命(すがのゆやまぬしみなさろひこやしまのみこと)です。
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神秘的な景色で、清々しいマイナスイオンに包まれて、パワースポットの霊気を戴きました。

地図



  











田中神社
縁切り イワナガ姫命
縁結 コノハナサクヤ姫命
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願いが叶う

縁切りと長寿、縁結と安産の御利益が戴ける神社

こちらの神社は佐太神社の摂社で、ニニギノミコトの妻・コノハナサクヤ姫と姉のイワナガ姫の姉妹神がお祭りされています。

神社の場所は、佐太神社の敷地内では無く、敷地から東に100メートル離れた住宅街の空き地に、ポツンと建てられていました。
ニニギノミコトの妻とその姉なのに、同じ敷地内では無く、少し離れた場所にお祭りしているのは、天津神と国津神の違いだからなのでしょうね。

場所の話に戻りますが、車で参る場合、駐車場に車を止めて右に進むと佐太神社、左に進むと田中神社、そして田中神社は駐車場から見えない場所に建っているので、土地勘が無いと参る事ができない印象です。

私達は、地元の方に教えてもらい偶然田中神社の存在を知り、参る事が出来ました。

そこで興味深い事を教えて頂いたので紹介しますね。
その1●佐太神社に参る前に参拝しないとダメ。
その2●願いが叶う神社。
その3●縁切りから参拝する。縁を断ち切り、新たな縁の御利益を戴く
だそうです。

私達は「縁切りって何か怖いね」などと話していると、今の人間関係だけではなくて、これから先の悪縁を遠ざけたり、自分自身の嫌な部分でも良いんだとか。

なので、それらの事をお願いしてみました。すると、地元の方に教えて頂いた通り、数日から数カ月後には願いが叶っていました。
特に縁切りの御利益を戴けているように感じます。

願いの詳細が気になる方は▼をクリックしてください。

そして、佐太神社に参る前に、縁切りで自身のこれまでの汚れの縁切りを行い、縁結で佐太神社の御利益の縁を戴けるように。とお願いしました。

神社の雰囲気

空き地のような場所にポツン。と、鳥居も無く、小さな社が二つ、背中合わせに建っています。
地元に愛される、昔から建っている小さな神社という印象の可愛らしい社です。

そしてこちらの神社の雰囲気ですが、敷地内に入ると優しい雰囲気に包まれました。
恐らく、視界が開けている事と、日が当たっている事、縁結神社がこちらを向いているからでしょうか?
そして、反対側の縁切り神社の方は、少し寂しそうな”陰”の雰囲を感じました。これは日陰の場所に位置していたからでしょうか。
なんとも不思議な境目を感じてしまいました。

しかし、”縁切り”とは、どうしてその神格を持っているのか?
お祭りされている神様の事について調べてみました。

お祭りされいる神様

縁結・安産:木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
・美しい桜を象徴する女神で、桜も羨む美しさの容姿の持ち主
・自ら小屋に火を起こした産屋で無事に出産

縁切り・長寿:磐長姫命(いわながひめのみこと)
・磐の化身、容姿端麗とは程遠く磐のようにゴツゴツとした容姿の持ち主
・磐が長い間存在するように永延の命の象徴

この姉妹神の正反対の容姿が悲劇を生んでしまいます。

由来

日本書紀によると、天照大神が日本の国土を治めさせるために、天孫のニニギノミコトを高天原(たかまがはら)*1から地上に降臨させました。
*1高天原=天照大神を主神とする神々が住んでいる所

ニニギノミコトは、コノハナサクヤヒメに一目惚れし結婚を申し込みます。
父神はとても喜び、沢山の引き出物を添えてコノハナサクヤヒメと共に、姉のイワナガヒメも一緒に嫁がせました。しかし、姉のイワナガヒメは岩の化身だったので、とても醜く、美しいとは言なかったために、親元へ送り返されました。

これに悲しんだイワナガヒメは、ニニギノミコトに「貴方が私を返さずに妻としたならば、生まれてくる子供は永遠のものだったのに、妹だけを妻にしました。ならば妹の生む子は、必ず木の葉のように死んで散り落ちてしまうでしょう」と言い伝えました。それからというものイワナガヒメは、恥恨じみ唾を吐き呪い泣きながら「人間たちは木の葉のようにはかなく衰えるだろう」と記されており、これが縁切り、縁結の由来となっています。

田中神社の摂社にページ引用
リンク→田中神社(たなかじんじゃ)HP

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神社大好きMarimoのブログ:1/94

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